村上龍とはどんな人物?小説家なのに何故経済番組である『カンブリア宮殿』をやっているの?


村上龍さんと言えば「小説家」で大変有名ですが、同じくテレビ東京で毎週木曜日夜10時から放送されている経済番組『カンブリア宮殿』のメインインタビューアーとしてもご活躍されています。

もともとは小説家であり、映画監督、脚本家と、どちらかと言ったらクリエイティブ・芸術的な分野を軸とした仕事をされている村上龍さん。

そんな村上さんはなぜ経済番組である『カンブリア宮殿』に至ったのか、そして一体村上龍さんとはどういう人物なのか、まとめてみました。

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村上龍氏のプロフィールと経歴

名前:村上龍(むらかみ・りゅう)

本名:村上竜之助(むらかみ・りゅうのすけ)

生年月日:1952年2月19日

出身地:長崎県佐世保

学歴:佐世保北高校、武蔵野美術大学造形学部中退

職業:小説家、映画監督、脚本家、インタビューアー

活動期間:1976年~

ジャンル:小説・随筆・評論・映画

代表作:『限りなく透明に近いブルー』(1976年)、『コインロッカー・ベイビーズ』(1980年)、『愛と幻想のファシズム』(1987年)、『五分後の世界』(1994年)など

主な受賞歴:芥川龍之介賞(1976年)、野間文芸新人賞(1980年)、読売文学賞(1998年)等、様々な賞を受賞。

村上さんは長崎県佐世保市に美術教師の父親と数学教師の母親の間に本名・村上竜之助として誕生されました。

兄弟は居るのか調べてみましたが、村上さんのご兄弟に関しては情報がありませんでした。

 

育ちも佐世保市で、高校は佐世保北高等学校に入学し、在学中はロックバンドを結成しドラムを担当されていたそうです。

ちなみに佐世保北高等学校の現在の偏差値62くらいで、卒業生は主に長崎大学、立命館大学、早稲田大学、東京大学、京都大学、慶應義塾大学などに進学しており、長崎では結構有名な進学校のようですね。

 

1971年に佐世保北高校卒業後はロックバンドを組んで音楽をやったり、8ミリ映画の制作や劇団を作って活動したりされていますが、その年の春に上京し、現代思潮社の主宰する美学校のシルクスクリーン科に入学するも、半年で退学。

同年10月~1972年2月まで、米軍横田基地に近い福生市に移り住み、ヒッピーのような生活をされます。

そしてその年に武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科に入学し、この頃から自身の福生での体験を元にデビュー作となる『限りなく透明に近いブルー』を書き始めます。

この小説は1976年に発行され、第19回群像新人文学賞と第75回芥川賞を受賞し、衝撃的なデビューを飾ります。

プライベートでは作家デビューをされた1976年にエレクトーン奏者の女性と結婚し、男児をもうけられているようです。

 

その後村上氏は大学を中退し、本格的に作家活動をされます。

主に「現代の社会構造と個人」を題材とした小説を執筆し、様々な賞を受賞してきたすごい作家さんなのです。

 

やはり村上氏の父親の影響が大きかったのでしょうか、バンドをしたり美術系の学校に進学したり、小説を執筆したりと芸術面においてとても才能がある方なのが経歴から分かります。

そして伴侶も音楽家と、芸術面に秀でた方を選ばれていますね。

息子さんも芸術面で両親から才能を受け継いでいるのではないでしょうか。

現在何をされているのかも気になりますが、それは別の機会に調べてみたいと思います。

 

村上龍氏とJMM

JMMとは「Japan Mail Media」の略で、これは村上龍さんが1999年に始めたメールマガジンで、主に「金融・経済」のコンテンツを発信したものです。

始めた発端は、電子メールが普及してきた20世紀末、村上さんは知り合いから「メールマガジンをやりませんか」と誘われたことにあります。

数々の賞を受賞し有名な小説家という地位を築いていた村上龍氏がやるメールマガジンなのでやれば広告が入り利益が出るということを狙っていたようです。

また、20世紀末は電子メールも普及し始めメールのアカウントを作成しても受け取るメールがあまり無く寂しいユーザーも多かったからか、JMMはすぐに配信数が10万を超えたようです。

 

村上氏がJMMのコンテンツに「金融・経済」を選ばれた理由ですが、それは当時「希望の国のエクソダス」という近未来小説を執筆中で、専門家たちとのネットワークがあり為替の研究サークルにも通っていたことにあるようです。

そして村上氏の当時の考えでは近未来小説の骨格は政治ではなく、経済で決まるとしていたため、「金融・経済」をコンテンツにすることに至ります。

 

この決断、村上氏は間違っていなかったのではないでしょうか。

もちろん政治も現社会を構成する大切な要素ですが、現社会の多くは「金融・経済」の要素の方が重要視されているように思います。

そして「金融・経済」の方が現代社会に与える影響力が大きく時として政治にまでその影響力を振るっているように感じます。

 

さて、JMMですが週1回の発行で村上氏が質問し、専門家から回答を得るという形式にしました。

このJMMは前述の通り配信数も伸びますが、ITバブルが弾けてからは赤字となり、一時期運営費は村上氏が持ち出しされていたようです。

当初見込まれていた「利益」は無くても村上氏の「価値」は上がり、これが現在の村上氏の仕事の多様性へと導いたのだと思います。

 

そしてそこに『カンブリア宮殿』に繋がる原点があるのだと思います。

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村上龍氏とカンブリア宮殿

『カンブリア宮殿』は2006年4月から続く人気番組で、日本経済新聞社がスポンサーとなり、既に600回以上放送されています。

皆さんご存知の通りメインインタビューアーの村上龍氏とサブインタビューアーの小池栄子さんが平成の“経済人”を迎えてインタビュー方式で行われるトーク・ライブ・ショーです。

 

なぜ村上龍氏がこの経済人を迎えインタビューをする『カンブリア宮殿』に起用されたのでしょうか。

 

村上氏がJMMを通して積み上げてきた「金融・経済」に関する知識、週1回の村上氏の専門家に対するインタビューという経験が大きく買われ『カンブリア宮殿』のメインインタビューアーとして抜擢されたのだと考えます。

また、制作側としては、「村上さんには時代を切り取る感性があり、テレビ業界の人間にはない発想が出てくる」と起用の理由を挙げていたようです。

村上氏の経歴からも分かるように、村上氏は小説家、映画監督でありながら脚本家です。

そして父親も美術教師、大学も中退されたと言えど芸術面に進まれており、経済分野からは遠い存在です。

だからこそ「経済人」が「経済人」をインタビューするのではなく、より感性の豊かな小説家・映画監督・脚本家といった様々な肩書きを持った村上氏がインタビューする事で面白さが増し『カンブリア宮殿』という番組が人気なのではないでしょうか。

 

その他に番組の視聴者層はビジネスマンを中心に幅広いようですが、村上氏はその中でも特に若い世代を意識して番組を作っているようです。

収録の前には村上氏や小池栄子さんと制作者らが綿密に打ち合わせをし、扱うテーマなど全体の構成について村上氏のアイディアが反映されることも多いようですよ。

村上氏のJMMを通した経済・金融に関する知識と村上氏特有の芸術的感性を番組にも反映し、『カンブリア宮殿』は面白く、人気番組を成しているのだと思います。

 

まとめ

いかがでしたか?

村上龍氏の経歴や経験をまとめてみましたが、本当に才能に長けた方なんだなと思いました。

最近は活動が少なくなってきてはいますが小説でも「現代の社会構造と個人」をテーマとして書かれていますし、JMMを主宰し政治経済関連の時事に関しても積極的にコメントするなど、現在社会に積極的に関わりを持っていらっしゃる方ですよね。

今後も小説やJMM、『カンブリア宮殿』、その他でのご活躍楽しみです。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました♪

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