篠原ともえが表舞台から消えた理由「台湾事件」の真相とは?本当に泥酔して大暴れしたの?


1990年代後半に『シノラーブーム』を巻き起こした篠原ともえさん。

当時は超奇抜なファッションと強烈なキャラクターで人気を博していましたが、2001年に突如芸能界の表舞台から姿を消しました。

そして現在は激変し、大人の清楚系美女になり昨今少しずつ表舞台に登場するようになりました。

当時を知る視聴者は、その激変ぶりにかなり驚いているのではないでしょうか。

 

篠原さんは人気絶頂で「シノラーブーム」も真っ只中の2001年に突然芸能界から姿を消します。

その理由というのが「台湾事件」とされていますが、一体この「台湾事件」とはどういったものだったのでしょうか?

篠原ともえさんのプロフィールを振り返りながら「台湾事件」の真相についてまとめてみました。

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篠原ともえさんのプロフィールと経歴

名前:篠原ともえ

本名:篠原友恵(しのはら・ともえ)

生年月日:1979年3月29日

出身地:東京都青梅市

出身校:八王子工業高等学校、文化女子大学短期大学部服装学科卒

職業:女優、歌手、デザイナー

活動期間:1995年~

事務所:古舘プロジェクト

身長:158㎝位(推定です)

篠原さんは東京都青梅市で生まれます。

両親が赤いシリーズのファンで三浦友和さんの「友」、山口百恵さんの「恵」から「友恵」と名付けられたそうです。

 

篠原さん、10歳の頃からデザインに興味を持ち、人形の服や小物を自作します。

幼少時は大人しい性格だったようですが、小学4年生の時にバレエを始めたのを機に徐々に明るくなり、中学1年生の時に軽音部でバンドを始め、中学3年生の時に歌手のオーディションに合格し芸能界入りしました。

1995年に歌手でビュー、1996年にバラエティ番組「HEY!HEY!HEY!」で一躍人気者になり、個性的なファッションと強烈なキャラクターで「シノラー」ブームを巻き起こしました。

これが当時の篠原ともえさんの画像になります。

歌唱力もあったから歌手デビューが出来たのしょうが、それと同時にトーク力や対人スキル、何が世間に受けるか察知する感性と同時に運もあったからあそこまでブレークしたのかもしれませんね。

篠原さんはお茶の間に沢山の笑いと元気を届けてくれたので、個人的には結構好きなタレントさんでした。

 

篠原ともえ『台湾事件』とは!?

さて、前述の通り篠原ともえさんは2001年に忽然と芸能界から姿を消します。

そのきっかけは「台湾事件」だと言われています。

 

「台湾事件」とは人気絶頂期だった2001年、篠原さんが宿泊先のホテルで起こしたある騒動のことを指します。

2001年の春に篠原ともえさん自身のCD発売プロモーションのために台湾を訪れます。

仕事で訪れていた台湾の宿泊先ホテルで、篠原さんは泥酔し廊下の壁や非常階段の扉を叩いたり、火災報知機のボタンを押したりと大暴れし、日本人スタッフの手で緊急病院に運びこまれたと地元メディアでも大きく報じられました。

この騒動で帰国した篠原さんはマスクをかけたままの姿で釈明会見を開きましたが、その会見では、

酔っ払ってなんかいませ~ん。

みんなウソです~。

廊下で「早く日本に帰りた~い」「ねぇねぇ日本に帰ろうよ」

と何度も言っただけ・・・

と、マスク姿で地元報道を全面的に否定したそうです。

出典:zakzak.co.jp

当時の篠原ともえさん独特の話し方で語尾が延びてしまい、これが「釈明」としてマスコミや視聴者には受け入れにくかったのかもしれませんね。

そしてこの釈明会見を機に、それまで明るく元気ないい子キャラだった篠原さんのイメージが完全に覆されてしまい、一気にCMスポンサーが離れ、メディアへの露出も減ってしまったようです。

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『台湾事件』の真相

さて、先ほどの話が公になっている話しのようですが、実際は公になっているとは違ったようです。

 

実際は台湾のホテルの従業員がカードを不正に使用し、篠原ともえさんの部屋に侵入して暴行しようとしたところ、篠原ともえさんが抵抗したので顔面を何回も殴られたそうです。

そして何も身に着けずに廊下へ出てマネージャーの部屋を探しているところを他のホテルの従業員に保護されたそうです。

暴行を受けた際に、歯が折れてしまったので釈明会見のマスク姿は歯が折れたことを隠すためだったようです。

そして篠原ともえさんのイメージダウンを回避するために、篠原さんサイドは暴行の話を公にはしなかったようです。

また同時に、ホテル側でもこの暴行事件・不祥事発覚とその隠蔽ができ双方にとって公にしない方が良いという決断になったということですね。

 

個人的になぜ公にしなかったのだろうと思いますが・・・。

篠原さんご本人は悪いことをした訳でもないですし、反対にそんな従業員を雇っているホテルの信頼性の問題に発展すると思いました。

ですがそれが芸能界というところなのかもしれませんね・・・。

 

ただ、この事件後の世間の反応と同時に、篠原ともえさんご自身にも急性ストレス反応が出たりと、休養に追いやられたのかもしれませんね。

 

篠原さんご自身まだ20代前半でしたし、海外でこんな事件に巻き込まれてさぞかし恐怖とパニック、本当に辛い思いをされたことだと思います。

こんな辛い経験をしたからこそ、人を疑ってしまったり公の場に出るのも怖くなり表舞台から身を遠ざけたのではないかと考えます。

 

まとめ

篠原さんご自身、人気絶頂期当時は恋愛や下ネタ寄りの話題になると真っ赤になりすぐに照れてしまうほど奥手で有名でした。

そんな彼女がホテルで泥酔し、公の場で裸で「日本に帰りたい」と叫び大暴れしたという事実はなかなか受け入れ難いものがあります。

そして釈明会見のマスク姿と下の欠けた歯から、恐らく「台湾事件」の真相は暴行事件にあるのではないかと思いますし、そちらの方が信憑性があるかと感じました。

 

恐らくその暴行事件から精神的に回復し、公の場に出てくるには結構時間が掛かったのだと思います。

そして17年経った今、女優・デザイナー・ナレーションと様々な分野で頑張られており、少しずつスクリーン上で篠原さんの姿を見るようになりました。

人気絶頂期の事件で辛い思いも沢山されてきたとは思いますが、今後は辛い過去に負けず様々な分野で頑張っていただきたいです。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました♪

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