菰田正信(三井物産社長)の年収は2億円越え?!出身高校・大学、経歴も一流だった!


2018年12月5日の『カンブリア宮殿』に『ららぽーと』を展開する「三井不動産」社長の菰田正信さんが出演されます。

お客さんを飽きさせない店舗展開で現在業績を伸ばしている『ららぽーと』ですが、不動産業界のトップを走る「三井不動産」が1981年国内初のアメリカ式ショッピングセンターとして始めたのがきっかけです。

『ららぽーと』、皆さん1回位は行ったことがあるのではないでしょうか。

大人から子供まで楽しませてくれ、何でも揃い、休みの日にブラブラするのもいい場所ですよね。

現在では「ららぽーと」は国内に14店舗も展開しており、まさに軌道にのっていると言っても過言ではないでしょう。

 

そんな「ららぽーと」仕掛け人の「三井不動産」を指揮する菰田正信さんとはどのような方なのでしょうか。

菰田さんの出身高校や大学、経歴、そして年収についてまとめてみました!

Sponsored Link

菰田正信さんのプロフィール

出典:はてなブログ

名前:菰田正信(こもだ・まさのぶ)

生年月日:1954年6月8日(2018年12月現在64歳)

出身地:東京都大田区田園調布

出身高校:東京教育大学付属高等学校(現・筑波大学付属高等学校)

出身大学:東京大学法学部卒

職業:三井不動産株式会社代表取締役社長

趣味:スポーツ観戦

菰田さんの出身は東京都大田区の田園調布で、両親と姉、弟の5人家族です。

小・中学校の情報は見つかりませんでしたが、高校は当時の東京教育大学付属高等学校(現・筑波大学付属高等学校)に通われていました。

その後東京大学法学部へ進学され、1978年に三井不動産株式会社に入社されました。

中学・高校時代はバスケットボール部に所属し、大学時代は母校の学生コーチを務めたようですので、面倒見がとても良いのだとも思いますし、スポーツも好きなんでしょうね。

 

菰田さん、生まれは田園調布ですしそれなりに裕福なご家庭で育ったのではないでしょうか。

そして幼い頃からかなり優秀だったのだと思います。

筑波大学付属高等学校の偏差値を調べたところ、78もあり、東京大学法学部の偏差値は70。

かなりの頭脳の持ち主なのが伺えます。

 

菰田正信さんの経歴

三井不動産に入った理由

菰田氏が就職を控えて会社訪問に回っていた時、新宿や霞ヶ関の高層ビルを核にした新しい街を目にして「こういう街づくりに関係する仕事もいいな」と思い、三井不動産を選ばれたそうです。

確かに三井不動産は東京に本社を置き日本最大手の不動産会社です。

その上旧三井財閥ですので三井住友銀行、三井物産と共に三井グループの御三家でもあり、デベロッパーとしても名を馳せているので三井不動産だったら街づくりには大きく関与できますよね。

 

三井不動産入社後

1978年4月に菰田氏は三井不動産株式会社に入社されました。

入社後はビルディング事業部の計画課に配属されます。

ここでは土地を購入してビルなどを建てる部署で、用地班に入り、満6年で福岡支店へ転勤し、大規模宅地用地の買収や一戸建て住宅の分譲を経験されます。

 

1988年4月に本社人事部へ異動となります。

2年間は採用を担当し、バブル期でどの企業も大量に採用している中、三井不動産も同様に各部門から、

「人不足が、成長の制約になっている」

「物件はいくらでもあるのに、人事が採らないから機会損失をしている」

といった声が溢れ、91年春の入社組には「100人採れ」という社長命令が出ます。

 

しかし、菰田氏は熟考します。

採用すれば、定年まで約40年。こんな状態が、40年も続くわけがない!

結果、100人の採用を67人に抑えますがこれでも過去最高の採用者数だったそうです。

社内からは「もっと増やせ」という圧力が続きますが、バブルが崩壊すると今度は「何で60人も採ったのだ」と非難されます。

これは今でも忘れられない出来事だと菰田氏は反芻するのと同時に、企業経営には中長期的な視点が欠かせないという思いを強めた出来事でもあったそうです。

 

この経験を通じて経営者とはどうあるべきかを菰田氏は実体験から学ばれたのですね。

 

1999年4月に本社で経営戦略を担う業務企画室長になられた時に「企業経営には中長期的な視点が欠かせないという」という思いを更に強められます。

用地買収から販売までを担う開発現場で部下達を指導して「庶人者水也(舟が水しだいで安定もするし転覆もするように、君主の座も人民の出方しだいで安定もし転覆もする)」を固めていくことしか考えておらず、頭が真っ白になった異動だったようです。

しかし、その任を6年間務めていった中で、現在社長として推進している路線の大半が固まっていくことになったそうです。

 

その後、2011年6月社長に就任されますが、6年間の中期経営計画が出来ていたにも関わらず東日本大震災が起きてしまったため発表を延期することになります。

電力の確保や人口減少など、日本全体にとって、また不動産業にとって最重要とも言える課題も含めて洗い直し、翌春に「イノベーション2017 ステージI」として発表されます。

そして2015年5月には2017年までの「ステージII」を打ち出し、国内外の変化を想定し、10年後に目指すべき会社の姿を前面に打ち出しています。

日本国内の動向や不動産業界の変貌も盛り込まれており、まさに中長期的なヴィジョンをしっかり打ち出していますね。

どこに向かって会社・経営陣は舵を切ろうとしているのか明確化されることにより、そこで働く社員も働きやすいでしょうね。

 

分かりやすいように下記に菰田氏の経歴を簡単に表にしてみました。

菰田正信氏の経歴

・1978年 三井不動産株式会社入社

・2005年 執行役員

・2006年 グループ執行役(三井不動産レジデンシャル取締役常務執行役員)

・2008年 常務執行役員

・2009年 常務取締役

・2010年 専務取締役

・2011年 代表取締役社長

と、現在に至っています。

役員になられてからはものすごいスピードで出世されていますよね。

人徳もあったのでしょうかね。

Sponsored Link

菰田正信氏の年収は2億円越え?!

それでは菰田正信氏はどれほどの年収があるのでしょうか?

過去をさかのぼって調べたところ、下記の通りでした。

菰田氏の年収

2012年度報酬額 1.74億円

2013年度報酬額 1.77億円

2014年度報酬額 1.81億円

2015年度報酬額 1.95億円

2016年度報酬額 2.03億円

2017年度報酬額 2.13億円

参照:https://kyuuryou.com/w2869-2013.html 

でした。

毎年1億円を軽々超えた金額です。

 

三井不動産は大手ですし社員の平均年収も1000万円は超えています。

やはりそんな会社の代表取締役社長ですから2億は行くのですね。

 

ですがこの金額に比べると日産・ゴーン氏は貰い過ぎ感が否めませんが、グローバルで考えるとそれでも少ない金額なんですよね。

世界は広いですね・・・。

 

まとめ

いかがでしたか?

三井不動産社長の菰田正信氏の経歴、出身高校・大学、そして年収についてまとめてみました。

まさにエリート街道まっしぐらのような人生を送られていますし、年収が2億円を行くなんて、一般庶民からすると桁違いですよね。

宝くじ並みの金額です。アヒャヒャヽ(・∀・)ノ

 

菰田氏は「カンブリア宮殿」で何を語り、これから「三井不動産」をどこへ導こうとしているのか、今後も楽しみですね。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました♪

Sponsored Link

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です