大阪なおみの生い立ちとは?米国と日本の二重国籍だけどなぜ日本選手としてプレーしているの?


2019年1月26日、全豪オープン・女子シングルスの決勝戦が行われ、大阪なおみ選手が決勝戦にてペトラ・クビトバ選手に勝利し、昨年夏の全米オープンに続いて4大大会を制覇しました。

 

これまでは世界ランキング4位の大阪選手ですが、全豪オープン・女子シングルスに優勝したことにより、1月28日に発表の世界ランキングにて日本勢男女初で世界ランキング1確定しました!

 

今までは男女含めて大阪なおみ選手、伊達公子選手、錦織圭選手の4位が最高だったので、今回の大阪なおみ選手の快挙は本当に素晴らしいものですよね。

 

そんな大阪なおみ選手ですが、皆さんもご存知の通り日本国籍をお持ちですが日本語がたどたどしく、英語の方がずっと得意な方です。

大阪選手は米国と日本の二重国籍をお持ちなのをご存知の方は多いと思いますが、なぜテニスをされる際あえて日本選手として出場されているのでしょうか。

 

大阪なおみ選手のプロフィールと生い立ち、そしてなぜ日本選手としてプレーをされているのか調べてみました。

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大阪なおみ選手のプロフィール

出典:Relish+

名前:大阪なおみ(おおさか・なおみ)(英:Naomi Osaka)

愛称:新幹線

生年月日:1997年10月16日(2019年1月現在:21歳)

出身地:大阪府大阪市中央区

身長:180㎝

体重:69㎏

利き手:右利き

職業:女子プロテニス選手

国籍:米国、日本

さすがスポーツ選手と言うべきか、身長がめっちゃ高いですね!

これだけの身長があり、体もがっしりしており、テニスをされる際もサーブやバックハンドを打つ時にとても速いボールを打っているので、高身長が大阪なおみ選手の圧倒的なパワーにつながっているのではないでしょうか。

 

大阪なおみ選手の生い立ち

大阪なおみ選手はハイチ共和国出身で米国国籍の父・レオナルドさんと日本人の母・環(たまき)さんの間に1997年10月16日に次女として生まれました。

 

父・レオナルドさんは米・ニューヨーク市立大学シティカレッジで学んだ後、13年間日本に在住していました。

母・環さんは北海道根室市出身で、大阪なおみ選手の苗字である「大阪」は母方から来ています。

札幌で出会った大阪選手のご両親は、その後大阪に転居し、父・レオナルドさは大阪市内で大手語学学校の英語教師をしていました。

 

レオナルドさんと環さんの間には長女・大阪まりさんもおり、大阪まりさんもプロのテニス選手として頑張っておられます。

 

そして大阪なおみ選手が3歳の時に、父・レオナルドさんの教えでテニスを始めることになりました。

キッカケは、1999年に全仏オープン女子ダブルスのウィリアムズ姉妹を見て影響を受けた父親と、1歳半年上の姉の影響だったようです。

 

当初はテニス経験が全くない父・レオナルドさんの下、近所のテニスセンターや近所の公園で父の指導のもと姉妹で練習をされていたようです。

 
 
 
 
 
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すごい

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幼いころの姉妹での写真、本当に可愛いですね!

 

そして2001年、大阪なおみ選手が4歳の時に父親が子育ての環境を考慮し、家族でアメリカ合衆国移住します。

 

家族で最初に移り住んだ街は、父・レオナルドさんが学生時代を過ごしたニューヨークでした。

ニューヨーク州ロングアイランドのエルモントに住み、全米オープンの会場でもあるナショナル・テニス・センター等で、毎日6時間近く練習していました。

 

幼いながらも、ものすごい練習量ですよね。ギャ━━━━━━Σヾ(゚Д゚)ノ━━━━━━ !!!!

 

子供って結構集中力がすぐになくなってしまうと思うのですが、こんなにも長く練習を続けられたということは、それほどテニスが楽しくてしょうがなかったのかもしれませんね。

そう思えることもまた大阪なおみ選手の才能だったのではないでしょうか。

 

2006年頃(9歳の時)に米・フロリダ州ボカラトンに移住します。

父と姉とテニスの練習をしますが、姉・まりさんが大阪なおみ選手のとても良きライバルだったそうです。

なんでも共に競い合い、12年間も姉のまりさんには勝てなかったそうですよ。

 

当時のことを下記の様に語っています。

お姉ちゃんのほうがつまらなかったんじゃないかな? 

だって自分より下手な相手と、いつもプレーしなくてはいけなかったんだから。

私にとっては、毎回がとても楽しかった。

負け続けていたからこそ、相手を倒すための”劇的な方法”を試そうとしていたから。
それにいつも負けるたびに、『明日こそ勝ってやる!』とお姉ちゃんに宣言していたし。

 

大阪なおみ選手は父・レオナルドさんの考えもあり、ジュニア大会には出場せず、初めから厳しい環境下にあるシニアの大会に出場し、2011年~2015年にかけては、ツアー下部大会を転戦していたそうです。

 

初めからシニア大会に出場していたことにより、精神的にもかなり鍛えられ、スポーツ選手としても磨きがかかったのではないでしょうか。

そしてそこで経験してきた様々な困難や苦労が、テニス4大大会を2回も制覇出来るほどの精神力を持った、現在の大阪なおみ選手に繋がっている気がします。

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大阪なおみ選手の国籍

前述の通り、大阪なおみ選手は米国と日本の二重国籍をお持ちです。

日本では日本国籍を取得するには主に3つあり、「出生」「帰化」「届け出」があります。

そしてこの中の「出生」については日本では「血統主義」を取っており、父・母どちらか一方が日本人であれば日本の国籍を与えられることになります。

 

反対にアメリカでは上記同様の「出生」について「出生地主義」を取っており、これは親がどこの国の国民であろうと自国で生まれた子は自国民とするものです。

ただ、必ずしもそうではなく、どちらかの親が子供が出生する前にアメリカ国籍を持っていた場合、子供が他国(この場合日本)で生まれても自動的に国籍が授与されることもあります。

こうして大阪なおみ選手は二重国籍を持っている訳です。

 

ただ日本の場合、多重国籍は認められておりません。

大阪なおみ選手の場合、22歳までにどちらかの国籍を選択しなくてはならないと定められています。

 

なので近々大阪なおみ選手はこの選択を迫られるのですね・・・。

どちらを選択するのかは大変興味深いですね。

日本選手として活躍されているので日本ではないかと思いますが、アメリカで育ってこられて現在もアメリカ在住ですのでアメリカ国籍を放棄するのも難しい所だと思います。

いずれにせよ、大阪なおみ選手にとっては苦渋の決断になりそうですね。

 

なぜ大阪なおみ選手は日本選手としてプレーしているの?

アメリカ生活がずっと長いにも関わらず、なぜ大阪なおみ選手は日本選手としてプレーされているのでしょうか?

 

それは遡ること2013年9月東レ・パンパシフィック大会の時です。

当時大阪なおみ選手15歳で、シニア大会に転戦し始めてから2年経った頃ですね。

 

この大会で日本テニス協会の女子代表コーチだった吉川真司氏は日本登録で出場していた選手をくまなくチェックしていました。

こちらが吉川氏の画像です。

予選1回戦で敗れはしましたが、1人の初めて見る選手に目がくぎ付けでした。

それが大阪なおみ選手だったのです。

 

吉川氏は「すごい才能だ!」と感じ、当時の女子代表監督だった村上武資氏、植田実強化本部長に大阪選手の存在を報告します。

それ以来、日本に来た時は味の素NTCで練習できるよう取り計らうなど、地道な支援を続けてこられました。

吉川氏の代表コーチとして大会に派遣され、大阪選手が出場していれば必ずコンタクトを取るというようにコミュニケーションを取り続けてこられたようです。

 

これとそう変わらない時期に、大阪選手は米国テニス協会に支援を申し込んでいたようですが、良い結果を残せていなかったこともあり、たいして取り合ってもらえなったそうです。

 

しかし大阪なおみ選手が2016年全豪で予選を勝ち上がり、本戦で3回戦へと進むと米国テニス協会は態度を変え、大阪選手へとアプローチを仕掛けてきました。

 

ここで日米テニス協会による大阪選手の争奪戦が勃発します。

 

米国は女子代表監督が自ら乗り出し、多額の支援を約束したと伝えられましたが、父・レオナルドさんは、無名の時からなおみ選手を支援し続けた日本への恩義を尊重したそうです。

だからこそいまでも大阪選手は日本で登録し続けていると言います。

 

ハイチ系アメリカ人の父・レオナルドさんがこのように「日本に対する恩義」を尊重してくれているのは本当に嬉しいことですよね。

通常資本主義のアメリカだったら恩義よりも自分のことを第一に考え、金銭的に優位性のある方を取ると思います。

その場合、全米テニス協会の莫大な資金力には日本のテニス協会は勝てないと思いますが、その分吉川氏を筆頭に、大阪選手が無名の頃から物理的にも精神面でもサポートしていた日本を選んでくれて、そこに大阪一家の人間性を感じますね。

 

もちろん、ここまで活躍されたのは大阪なおみ選手ご自身やご家族、そして専属コーチを務めたバイン氏達の頑張りもありますが、日本でのサポートも貢献していると言えるのではないでしょうか。

 

その他にも米国に家族で移住してからも、母・環さんが大阪選手に日本のこと、特に日本食でしょうか、を引き続き教えてきたのも大阪なおみ選手が「日本選手」としてプレーすることを選んだ理由の一つと言えると思います。

 

大阪なおみ選手は2年程前にあるインタビューで国籍に関してこのようなコメントを残しています。

日本食を食べて美味しいと思う時、自分は日本人だと感じます。

将来的にもずっと日本国籍でいたい。

母・環さんが日本について大阪なおみ選手に教えてきた影響なのではないでしょうか。

 

もちろん大阪選手の父・レオナルドさんの故郷ハイチ、母の故郷・日本、育ったアメリカを自分の故郷と考えていいと思いますし、それが普通だと思いますが、上記コメントを見ると日本を最終的に選んでくれているようにも見えますね。

いずれにせよ、日本選手としてプレーしてくれ、輝かしい成績を残している大阪選手、嬉しい限りです。

 

まとめ

いかがでしたか?

大阪なおみ選手のプロフィールと生い立ち、二重国籍となぜ「日本選手」としてプレーされているのかについてまとめてみました。

 

あと少しで大阪なおみ選手の国籍の選択の時が迫られています。

2020年の東京オリンピックには日本代表としての参加を希望されているそうですが、この国籍の選択は大阪なおみ選手にとっては苦渋の選択となると思います。

 

昨今グローバル化に伴い、出生と同時に複数の国籍を持った子供が沢山生まれてきています。

時代もどんどん変わっているので、国も変わりゆく時代背景に伴い少し柔軟に対応してくれたらなと思いました。

 

そんな中、日本への恩義を感じ、日本選手としてプレーしてくれている大阪なおみ選手に好感が湧きますね。

まだまだ若い選手です。

引き続き素敵なプレーが出来るよう、応援していきたいと思います。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました♫

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