親日家仏シラク元大統領は病死?プロフィールと経歴、死因と家族や隠し子は?


1990年代後半から12年に渡ってフランスを牽引したシラク元大統領が9月26日に86歳で死去しました。

 

シラク大統領は自他ともに認める大の親日家として知られており、日本には公私合わせて40回以上は来ていました。

 

そんなシラク元仏大統領はどのような方だったのでしょうか。

簡単なプロフィールと経歴、そして死因や家族についてまとめてみました。

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シラク元大統領のプロフィールと経歴

出典:MSN.com

名前:Jacques René Chirac(ジャック・ルネ・シラク)

生年月日:1932年11月29日(2019年9月26日死去)

年齢:86歳

出生地:フランス・パリ

職業:フランスの政治家(国民運動連合所属:UMP-Union pour un Mouvement Populaire)

シラク元大統領は1932年11月29日にフランスの首都パリで生まれました。

父親は銀行員(後に飛行機会社の役員)でしたので、結構裕福なご家庭に生まれたことが推測できます。

 

1954年にはパリ政治学院(Sciences-Po)を卒業しますが、在学中にハーバード大学サマースクールへの留学経験もあります。

 

1956年には軍隊に召集され将校としてアルジェリア戦争に従軍し、帰国後はフランス国立行政学院を卒業。

後に国家公務員となり会計検査官を務め、急速に出世されました。

 

ちなみにこのフランス国立行政学院はフランス屈指のエリート養成校の行政系のグランゼコールの1つなのでシラク元大統領も若い頃から相当なエリートだったのが伺えますね。

 

 

1967年には国民議会議員選挙に出馬して当選し、初の閣僚を経験。

 

その後も閣僚ポスト歴任後、首相も経験し、1977年~1995年まではパリ市長も務めました。

 

そして1995年~2007年までの12年間はフランス共和国の第22代大統領として任務を全うされました。

 

 

シラク元大統領が在任中にされたことで有名なのは核実験の強行とイラク戦争の反対です。

 

 

核実験は核兵力の確認と誇示のため、南太平洋で数度の核実験を強行し世界的な避難を浴びて『イグノーベル平和賞』を受賞したり。

 

 

一方で2003年のアメリカ主導で始まったイラク戦争では、ドイツとともに開戦に反対しフランスの独自性を重視する外交を展開しました。

この時アメリカではフランスへの対抗心から「フレンチフライ」のことを「フリーダムフライ」と名称を変えていましたよね。

 

 

また、単一通貨ユーロの導入を後押しし、EU=ヨーロッパ連合の統合も牽引しました。

 

 

フランス国内では「特に著しいことは行っていない大統領」と国民から比喩されたりしますが、フランス国民からはかなり慕われていた大統領でした。

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シラク元大統領の家族は?

シラク元大統領にはベルナデット・ショルドン・ド・クルセル(Bernadette Chodron de Courcel)というフランス人女性と1956年にご結婚されました。

 

こちらが若い頃のお二人の写真です。

出典:elle.fr

ベルナデット夫人もパリ政治学院(Sciences-Po)に通われていてここで出会われました。

 

そしてシラク元大統領とベルナデット夫人の間には2人の娘、ロランスさんとクロードさんがいました。

出典:Paris Match

クロード・シラクは長年大統領の広報担当アシスタントを務められていますが、

長女のロランス氏は2016年4月に死去されています。

 

そしてお二人には元ベトナム難民の養女もいらっしゃいます。

 

 

シラク元大統領には隠し子がいる?!

ネットなどでは、シラク大統領の名前を検索すると、『日本人夫人』というワードが出てきます。

 

実はシラク元大統領には「日本人の愛人が居た」と言います。

 

日本人の愛人のことはデヴィ夫人もブログに記されています。

「シラク大統領には、日本に愛人があり、

お忍びで日本にいらしていた事もありました。」

 

引用:https://ameblo.jp/dewisukarno/entry-10221868896.html

社交界にも顔のきくデヴィ夫人ですので、信憑性はあるかと思います。

 

そして大抵のフランス人もこのことは知っており、子供も2人いるということも良く耳にする有名な話です。

 

子供に関してはフランスのメディアで日本には「息子」がいるという記事を読んだことがあります。

日本だったら大きなスキャンダルですよね?!

 

ですがフランスの政治家に奥さんがいても愛人がいるのは当たり前。

奥さんがいても愛人を作るのはいわばエリゼ宮の伝統でもあるといいます。

 

第21代目のミッテラン元大統領には50人以上の愛人がいたと言われ、うち少なくとも1人の間に子供はいたといいます。

 

記者の質問に、

「ええ、娘がいますよ。それで?(Et alors?)」

と返したのは有名です。

 

また、シラク大統領も

「私が愛した女性はたくさんいた。」

と語り、夜な夜な違う女性がエリゼ宮を訪れていたというのですから、かなりの回数日本を訪問しているシラク元大統領に日本人の愛人がいても全然おかしくないですね。

 

さすがフランス人です!笑

 

 

シラク元大統領の死因は?!

日本国内のメディアはこぞってシラク元大統領の訃報を取り上げているものの、詳しい死因についてはどこも言及していません。

 

86歳と高齢であったことから、何らかの疾患が原因だとは思われますが、今のところ正式な公表はない状態です。

 

 

ですが2011年9月には地元フランスメディアにて、アルツハイマー型認知症を患っていることが報じられ、以降は療養を続けており公の場で姿を見せませんでした。

 

それ以前にも、2005年頃に脳卒中で倒れた過去もあり、それ以降も度々入退院を繰り返していたと伝えられています。

 

何かしら詳しい死因が分かり次第アップデートさせていただきたいと思います。

 

まとめ

シラク元大統領のプロフィールと経歴、死因や家族と隠し子についてまとめてみました。

エリート街道を歩いてきた方でフランス国民からは慕われていた方でした。

 

そしてかなりの親日家で犬の名前も「Sumo(スモウ)」と名付ける程。

日本人としては親近感のわく元フランス大統領でした。

 

 

長い間闘病されていたとのことですので、天国で安らかに休まれていることを願い、ご冥福をお祈りするばかりです。

 

 

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

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